1 はじめに
(収穫後、非晶質状態で選別を待つ甘夏)
甘夏は通常、特定の格子構造をもたない、非晶質の状態で存在する。
これは、甘夏関連の作業が結晶構造の構成に必要な時間なく急速に行われるからである。
では、時間さえあれば甘夏は特定の結晶構造をとりうるのか、とりうるとすれば、いかなる結晶構造をとるのか。
本稿では、この問題を解明すべく、手作業で甘夏を結晶格子状に配列し、その安定性、優位性を検討する。
2 柑橘と結晶構造
柑橘は厳密な意味での結晶を形作る訳ではない。
このため、柑橘の結晶構造を論じること自体が無意味だとの考え方もあり得るであろう。
しかしながら、充填率を向上させ外観を美しくするため、高級柑橘を中心に梱包方法に結晶構造を持つ柑橘はあまた存在する。
お疑いなら、googleの画像検索で「高級みかん」をキーワードに検索して頂きたい。
同じ温州ミカン系でも、和歌山の有田ミカンは六方最密格子構造や単純立方格子構造、愛媛の真穴ミカンは面心立方格子構造を採用していることが、すぐに納得頂けるであろう。
その上、愛媛県には「ダイヤオレンジ」、高知県には「水晶文旦」と、結晶構造をそのまま名前にしたと思われる柑橘まで存在する。
なお、筆者は「水晶文旦」を食したことがあるが、パリパリで瑞々しく、大変に美味しい柑橘であった。
このように、柑橘には特定の条件下ではあるものの、様々な結晶構造が現れることが知られている。
一般には非晶質状態のまま箱詰めされる甘夏もまた、例外ではないはずである。
3 甘夏に求められる結晶構造
では、甘夏における結晶構造はどのようなものであろうか。
結晶構造を論じる前提として、甘夏に適した結晶構造の性質を検討する。
まず、甘夏は通常、収穫から出荷までの間に1~3ヶ月の貯蔵期間がある。
この間、ビニールで覆って乾燥を防ぐのだが、ムレるとカビの原因になる。
ムレを防ぐためには、通気性が求められる。
また、作業中の振動や傾きなどで果実同士が衝突することも、カビや腐れの原因となる。
このため、
1 通気性が良いこと
2 傾きや振動に安定していること
の2点が、求められる結晶構造の条件となる。
以降、基本的な結晶構造を甘夏で試し、その結果を考察する。
4 甘夏の結晶構造と考察
4.1 単純立方格子構造
(単純立方格子構造の甘夏)
出荷用の箱も貯蔵用コンテナも、直方体に近い形状をしており、一番素直に考えると単純立方格子構造が思い浮かぶ。
しかしながら、個々の甘夏のサイズに若干のばらつきがあり、縦に真っ直ぐ個々の粒が重なり合う単純立方格子構造はぐらついて不安定であった。
運搬の時には結晶構造が崩れて隣接する甘夏同士がぶつかり、キズや腐れの発生するリスクが高いと判断した。
充填率も悪く、効率的な結晶構造ではないと判断する。
4.2 体心立方格子構造
(体心立方格子構造の甘夏)
体心立方格子構造では、一つの甘夏が下で4つ、上で4つの計8個の甘夏に支えられる。
このため、大きさに若干のばらつきがあっても、結晶構造は安定している。
また、充填率が最密構造よりも低いため、通気性も良い。
4.3 面心立方格子構造
(面心立方格子構造を持つ甘夏。斜めから見ると立方最密格子構造と同一であることが分かる。)
二つある最密構造のうち、当方の使用する収穫・貯蔵用コンテナで一番密に充填できたのは、面心立方格子構造であった。
一方で、充填率の高さ故に通気性は悪く、今回検証した全ての結晶構造の中で、ムレによる腐敗玉の数は圧倒的に多かった。
4.4 六方最密格子構造
(六方最密格子構造の甘夏)
理論上の充填率は面心立方格子構造と同じであるものの、直方体の収穫用コンテナに甘夏を詰め込んだ場合は、左右に若干の隙間ができる。
このため、実際の充填率は面心立方格子構造には劣る。
一方で、風通しは面心立方格子構造よりも良好であり、ムレによる腐敗玉の数は面心立方格子構造の3分の1ほどであった。
5 まとめ
甘夏の結晶構造に求められる条件を一番よく満たしたのは、体心立方格子構造であり、次に六方最密格子構造が優秀であった。
単純立方格子構造は不安定でキズの危険が高く、充填率では最優秀の面心立方格子構造は貯蔵中の腐敗の危険が高く、いずれも甘夏で採用することは適切ではないと判断する。