今月もまた、高知県で起業する方のためのサロンにお邪魔してきました。
その時、今更ですが、なぜ愛媛県人の私が高知に行くのか、改めて考えてみました。
まず第一は、素晴らしい先生がいらっしゃる、という理由です。
しかし、それだけではないことに、先日、気づきました。
サロンに行く前に、40年ぶりくらいに、高知県四万十市出身の先輩農家さんの地元を訪ねました。
ウチの山には、その先輩農家さんの畑で育てられたヒノキが植えられています。
幼い日、畑で育てる途中のヒノキの苗を見た記憶が、写真のように私に残っています。
その風景を40年ぶりに見ることができました。
ヒノキの苗はなくなり、当時より若干寂れてしまいましたが、地形はそのまま。
それを見た時、ここは私にとって、昔の記憶を誘う、故郷とも言える場所なのだな、と感じました。
また、私の言語体系には、普通の御荘弁(愛南町の方言)とズレた部分があります。
高知県で話される、「~の」と言う意味の「~がぁ」を、なぜか私は、ずっと昔から知っていたのです。
思えば、私が幼少の頃、よく、別の四万十市出身の農家さんのお宅にお邪魔していました。
そのため、御荘弁とともに幡多弁も、物心つく前から無意識のうちに、少しですが私に刷り込まれていたのです。
そして、はっと気がついたんです。
四万十市もまた、紛れもなく、私にとっては故郷の一部なんだ、と。
