「織姫と彦星だって、たまにはサボりたい夜もあるよね」
7月7日の夜。笹の葉がさらさらと鳴る縁側で、大学生の蓮(れん)は缶ビールを片手に呟いた。 目の前には、近所のスーパーで半額になっていた惣菜の焼き鳥。そして、就職活動の不採用通知(お祈りメール)が画面に並ぶスマートフォン。
天の川を見上げても、都会の夜空はどんよりと曇っていて星一つ見えない。年に一度のロマンチックな再会なんて、自分には縁のない遠い世界の話だ。蓮は深いため息をつき、短冊に書いた「内定がもらえますように」という文字を虚しく眺めていた。
その時、頭上から「うわっとっと!」という奇妙な声が聞こえた。
ベランダの物干し竿が激しく揺れ、何かがドサリと落ちてくる。 泥棒か、あるいは大きな鳥か。身構える蓮の前に現れたのは、ひどく派手なグラデーションの着物を着た、見慣れない男だった。
「いやぁ、すまないね。ちょっとスピードを出しすぎて、雲のカーブを曲がりきれなくてさ」
男は頭を掻きながら立ち上がった。よく見ると、男の背後には牛が一頭、虚空に浮かんで退屈そうに草を(何もない空間を)反芻している。
「……ええと、どちら様ですか?」 「見ればわかるだろう? 彦星さ。これから織姫とのデートなんだけど、ちょっと遅刻しそうで急いでいたら、君の家の物干し竿に引っかかっちゃって」
自称・彦星は、悪びれもせずに笑った。蓮は自分の目を疑ったが、浮いている牛と、男から漂う神聖な(しかしどこかお調子者っぽい)オーラを前にして、現実を受け入れるしかなかった。
「大変だね、彦星さんも。でも、織姫さんに怒られるんじゃない?」 「そうなのよ! あいつ、怒ると天の川の水を氾濫させるからさ。ところでさ、君。ちょっとこれ、持っててくれない?」
彦星は懐から、金色に光る小さな巾着袋を取り出し、蓮の手に押し付けた。
「それ、星の屑が入った『幸運の種』。ちょっと重量オーバーで雲の浮力が足りないから、デートが終わるまで預かってて! 明日の朝、回収しに来るから!」
「え? ちょっと待っ——」
蓮の制止を聞くよりも早く、彦星は牛の背中に飛び乗り、「じゃあ、行ってくる!」と叫んで夜空の彼方へと消えていった。曇り空が一瞬だけ、天の川の形にピカリと光った気がした。
残された蓮は、ぽかんとしながら手元のアツアツに発熱している金色の巾着袋を見つめた。 「……何だったんだ、一体」
とりあえず部屋に戻り、巾着袋を机の上に置く。 すると、どうだろう。スマートフォンがブブブと震えた。
画面を見ると、第一志望だった企業の人事部からのメールだった。 『先日お送りした不採用通知ですが、弊社のシステムエラーによる誤送信であることが判明いたしました。誠に申し訳ございません。蓮様は【最終面接通過・内定】となっております。つきましては——』
「……は?」
呆然とする蓮の目に、机の上の巾着袋がさらに眩しく輝くのが映った。 続いて、引き出しの奥に眠っていた、すっかり忘れていた去年の年末ジャンボ宝くじが、なぜか引き出しの隙間からハラリと落ちてきた。スマホで当選番号を調べてみると、なんと3等・10万円に当選している。
「これって……まさか」
まさに、天から降ってきた幸運。七夕の夜に起きた、文字通りの「棚からぼた餅」、いや「天から棚ぼた」だった。
翌朝。 すっきりと晴れ渡った青空のもと、蓮が目を覚ますと、机の上の金色の巾着袋は綺麗に消え去っていた。
代わりに、1枚の五色の短冊が残されている。そこには、殴り書きのような汚い字でこう書かれていた。
『預かり賃、取っといて! 織姫とも仲直りできたわ。 彦星より』
蓮は思わず吹き出し、その短冊を大切に財布へと仕舞った。 今年の七夕は、生涯忘れることのない、最高の「棚ぼた」記念日になったのだった。

